稽古遠望_2(稽古場という世界)
語学教室とかスポーツ教室のようなものを、「稽古」とは普通呼び
ません。 稽古とは辞書によると「古(いにしえ)を考える」とのことで、
どうやら、単なる練習や知識の詰め込みとは少々違うようです。

(写真は本文とは関係ありません)
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語学教室とかスポーツ教室のようなものを、「稽古」とは普通呼び
ません。 稽古とは辞書によると「古(いにしえ)を考える」とのことで、
どうやら、単なる練習や知識の詰め込みとは少々違うようです。

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「花子、庭掃除をやっておきなさい」
「はいっ! わかりました。 お父様」 などという光景は、今や
どこの家庭でも、とても見られぬようです。
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素晴らしい物でもてなされたら、本当に、たいていの人は嬉しくなって、
心のもてなしなど大して問題にしない_ だろうか。
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もてなし_ とはなんだろう。
客を気分よくさせたとしたら、これはもてなしがうまくいったと言うべき
ではないか。 特に茶道に限らなくても、例えば客が来た時、美味しい
ものを一杯ごちそうして、素晴らしい音楽か何かを聞かせ、びっくりする
ような家宝を見せたりして喜ばせ、おまけに帰りにはお土産をたくさん
持って帰って頂いたとしたらどうだろうか。
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(写真は本文とは関係ありません)
素晴らしい茶事の要所要所で語られた、とてもありがたいはずの
亭主(主催者)の話を、どうしても素直に聞くことができなかった_
という、危ない話のつづきです。
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今回の茶事は、もともと別のまともな人が出席する予定であった
ものが、どうしても都合がつかなくなり、巡り巡ってどういうわけか
小生が出席できることとなったものなのです。
場所も何もさっぱり解らぬ小生は、その紹介者に遠足の児童
(もしくは屠殺場への牛)よろしく引率されて、茶事の催される京都
まで出かけたのでした。

(写真は本文とは関係ありません)
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(それは、こんなお話です...)
いろいろないきさつから、小生はかなり本格的な茶事に出席すること
になりました。 亭主(招く側)は、茶人の間でかなり人気のある高名な
師匠で、同席者も相当なヴェテラン、または師匠と呼ばれる立場にいる
お歴々とのことです。
絶対に書くつもりでいた腹黒師匠の話を、何故やめようとするのか。
ひょっとすると、某方面より強力な圧力がかかったか...?
(こんな無駄話に、圧力をかけるような暇人がいるとも思えませんが)
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(もう少し伏線 _というより予防線_ を張り直しておきます...)
小生が縁あってお付き合い願っている茶道の師匠などは、小生の
知る限り腹黒どころか、人間としても師匠としても、大変尊敬に値する
方であり、また当然、茶道の師匠の殆んどは、そういう立派な方々で
あるに相違ないとも、小生は思っています。