異端の茶会_9(机上の空論)

 「もし、本当に道具が必要であれば、私がいくらでもお貸しします。 
でも茶道は、設備や道具ではありません。客をもてなそうという心さえ
あれば、立派に茶会は開けるものです」

黄瀬戸菓子鉢

 師匠のこの言葉を聞いて、小生は本当にびっくりしました。

 今まで小生は事あるごとに、茶道は心こそ大切であり、道具や技術
は二の次ではないだろうか、金はかけずとも心でもてなすことはできる
はずだ_ などというようなことを偉そうに言ってきたはずです。

 ただ、そうは言うものの、それは単に理屈であり、自分たちの仲間内
においてならともかく、ちゃんとした茶道の師匠や、社中の人達を招待
するからには、最低限の設備や、ある程度まともな道具というものは、
やはり必要であり、そうではない茶会を開いて、これらの人達を招こう
というのは、現実問題としていかにも無理がある_
と、頭から信じていたということに、この時初めて気付いたのです。

 つまり、それまでの小生の考えは、実践を伴わぬ、机上の空論に
過ぎなかったと言えるでしょう。 (もっとも、第三者の感想に実践が
伴うというのも、普通は有り得ぬ話ですが...)

 ところが_
この、いかにも無理に思われる、目に見えぬ「心」だけが頼りの茶会を、
師匠が、(事もなげに)やってもよい、やりなさいとおっしゃるのです。

 師匠の言葉にいたく感動しつつ、これで小生とカミさんの腹も決まり
ました。  どこまで出来るかはともかく、今の自分達ができるだけの
ことを、やってみよう。
 その結果、恥をかいたり客につまらぬ思いをさせたとしても、それが
我が家の精一杯であるならば、止むを得ぬではないか...。

*****

 というわけで、さあ、ここから苦難(と楽しみ)の始まりです。

 備前花入れ

 ところで_ (少し説明しておきますと)
 「小学生の注意書」で、小生は、ど素人が平気で出席できるという、
異端の茶会を夢想しているというような話をしました。

 でも、今回開こうとしている茶会は、このテーマとは少し違います。
これも異端の茶会の一種でしょうが、今回は出席者は皆ヴェテラン
です。 ど素人が出席する茶会については、もう少し後でお話しする
つもりです。 (つづく)

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