「私、Kでございます。 どちら様でしょうか。」
小生の隣には、いかにも茶人の風格を漂わせた年配の御婦人が
座って、小生に不思議そうに問いかけているのです。
おぉ、この人こそが、ある時は片目の運転手(古い!)じゃなくて、
ある時は佐喜知庵の魔王...
しかしてその実体は、茶道S流のK先生_ に違いない。
ああ、ついに小生は長年の懸案であった、魔王との再会を果た
したのです。
K先生は、小生が想像していたよりもいくらか小柄で、意外に
お若い様子で、にこやかに座っておられました。
「実は私は15年ほど前に...
その時初めて、魔王の念力_じゃなくて、茶道の「もてなし」と
いうものに触れ...
それ以来、いろいろな日本文化の素晴らしさに気付き...
とにかく、もう一度お目にかかって、ひとこと御礼を申し上げ
たいと...」
「まあまあ、そうですか。そういうお話を伺うと、大変に嬉しゅう
ございます。 15年も経っているのでは、私もすっかり歳を
とってしまっていて、驚かれたのでは...」
とまぁ、そんなような会話をした後で、
「その時確か、振袖を着た若いお嬢さんが、点前をしてくれ
ました...
そう言えば、床に飾ってあった花は「夫婦なんとか」という
鈴蘭のように垂れ下がった珍しい花で...」
などと、少しでも何か思い出してもらえそうな話をしたのです
が、残念ながら「あぁそういえば、あの時確かに_」というような
言葉は聞けませんでした。 (そりゃま、当然なのですが)
そしてこの間、運よく他に一人の客も入って来ず、あたかも
小生の貸切のような雰囲気で過ごすことができたのですが、
それでも、突然訪ねた見知らぬ男があまり長話をしても失礼
と考えた小生は、もっと話をしていたかったのを切り上げて、
早々に佐喜知庵を辞したのでした。
こうして_
一時はすっかりあきらめていた魔王との再会は、15年に渡る
紆余曲折の末に、とうとう実現しました。
この件に関して、小生はもう何も思い残すことはありません。
永年の呪縛は解け、未完の物語はついに完結したのです。
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でも_ と、時々小生は思うことがあります。
「佐喜知庵の魔王」は、本当にK先生だったのだろうか...
(この項おわり)