異端の茶会_14(一服頂きますか)

 水屋準備

 何とか無事に午前の席を切り抜け、続いて午後の席に突入したお話
の続きです。 二度目ですので、いくらか要領はよくなったのですが、
致命的なのは小生が一人で水屋を切り盛りする_ というところです。

 まあしかし、急にレストランの厨房を任されたとか、すし屋のカウンタで
客を相手ににぎる羽目になったとかいうわけでもなく、手順書を見ながら
鍋を温めたりする_ という程度の作業ですので、ともかく大きな失敗も
無く、 やや奇跡的に_ 「職責」を全うすることができたのでした。
 (昔からの友人に話しても、誰も決して信じないとは思いますが...)

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 二度目の嵐も無事に通り過ぎ、お客様がすべて帰られた後、最低限の
片付けを終えてから、小生もカミさんも思ったより元気が残っていました。

 では、自分たちも一服頂きますか_ 

 ということで、ゆったりと頂いたお茶の味は... う~む、
結局のところ、食べ物でも飲み物でも、その味を決定する一番の要素は、
材料でも技術でもなくて、それを味わう人の心の状態ではないか_ 
などと、つくづく思ったような次第であります。

     茶会5

 さて、今回の茶会は成功だったのか失敗だったのか_
それは小生が決めることではないかもしれません。
「もう二度と来るものか」とか、「こんなつまらぬ茶会に来て時間の無駄で
あった」と考えたお客様がいたとすれば、その人には大変に申し訳ない
ことをしましたが、それが今の自分たちが精一杯やった結果であるなら、
それはそれで止むを得ぬとも思いますし、次の機会にはできるだけ多く
の人に喜んでもらえるよう、もっと頑張ればよいのではないだろうか。

 今回の茶会が、異端の茶会であったことは間違いないと思います。
また、「立派な茶会」で無かったこともまた確かでしょう。
 しかし、頭から「無理」と信じていたところを、カミさんの師匠の例の
「結構です」の一言に後押しされ、とにもかくにも「道具が無くても」
「設備がなくても」、心さえあれば「茶会のようなもの」が開けるという
ことを、単なる理論でなく実践できたことが、小生には大層嬉しくもあり、
満足に感じたものです。

 その後、皆さんから礼状が届きました。
もちろん礼状ですから、美辞麗句が並んでいるのは当たり前ですが、
それでも、それらを読み返しながら、ここ何カ月かの苦労が報われた
ように感じたのは、まあ、自然な感情と言えるのではないでしょうか。

 そして...
「茶会」は、招かれるより招く方がはるかに面白いということに、ここに
至ってやっと気付いた小生だったのです。 (つづく)

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