茶の湯余聞_1(器で飲む)

 今回のシリーズは、今までの続き話と違って、いろいろな話を
(まあ、「よぶん」な話ですが...)思いつくままに書こうと思って
います。
 これは、新しい試みとして_ ということではなくて、続き話に
なるようなネタがそろそろ尽きてきたということにすぎません。

 茶碗9

 で、今回は「器(うつわ)」についてのお話_

 結婚して間もない頃、小生の家にまだ茶室はもとより抹茶茶碗も
無かった頃のお話です。(またまた古い話で恐縮恐縮..)

 小生が抹茶を好きなことを承知しているカミさんが、初めて
夕食後に抹茶を点ててくれました。 しかし小生はそれが
あまりにもまずそうで、結局一口も飲まなかったのです。

 何故なら、抹茶が普通の飯茶碗に入って出てきたのですから。

 飯茶椀

 よくその手の本などに、料理は器(うつわ)が大切_ などと
書いてあるのを目にすることがあります。
 しかし、そんな記事を見た時、小生はいつも
「まぁそれはそうかもしれぬが、そんなに大袈裟に言うほどの
ことはなかろう」とか、「それは道具道楽というものだろう」と思うのが
常でした。

 しかし、飯茶碗騒動以来小生の考えは変わり、食べ物や飲み物は
口やのどでのみ味わうものではないとはっきりと思うようになりました。
 いや、これは何もそういう味わい方が程度が低いとかそういった
次元の話ではなくて、もっと無意識に、本能的に、視覚や触感などを
総動員して味わっているものだなと、つくづく思った_ ということです。
 
 さらに小生は、気に入らぬ対応の店で出された食事などは、もう
本当に「まずい」のです。 つまり(少なくとも小生にとっては)
店の対応も、味の重要な要素であるということでしょう。

 というわけで_
「よい」茶会で飲む抹茶は、おいしくて、
「気に入らぬ」茶会で飲む抹茶は、本当にまずいのです。

 ところで話は変わりますが、栄養ドリンク剤というものがあり、
TVなどでよく宣伝をしています。

 あんなものは毒にも薬にもならぬ_ と思いつつ、小生もたまに
飲むことがあります。
 小生の場合は、安いこともあってタフ○○などを飲むことが多く、
まあ何というか、それでどうということもなさそうです。
(もっとうんと高いものは毒にも薬にもなるらしいですが...)

 あの不思議な味も、いきなり飲めば間違いなくまずいと思いますが、
健康によいと言われると、何だかおいしいようにも感じます。

  グラス入りタフマン

 さて、そのタフ○○をどういうわけかコップに移してから飲んだ
ことがあるのですが、思わずもどしそうになるほど、それはそれは
まずかったのです。
 不思議な話ですが、どうしても全部飲めませんでした。

 ぜひ一度、お試しを...   (この項おわり)

  日本ブログ村、茶の湯・茶道  ← 人気ランキングに参加しています(クリックして頂くと、ランクが上がります)

Comments are closed.