稽古遠望_2(稽古場という世界)

 語学教室とかスポーツ教室のようなものを、「稽古」とは普通呼び
ません。 稽古とは辞書によると「古(いにしえ)を考える」とのことで、
どうやら、単なる練習や知識の詰め込みとは少々違うようです。

平等院2
   (写真は本文とは関係ありません)

 そして、稽古場と呼ばれるような場所はそれなりの雰囲気があって、
規律と礼儀、先輩と後輩、尊敬と謙譲、修業と忍耐さらに人間とか
心といった言葉と何やら関連がありそうな気がします。

 実は小生も茶道には全然関係がありませんが、ある稽古事を30年
程度続けていました。    _何故そんなに続いたのか?
 もちろんその稽古事が面白かったからです。 

 でも、面白いとか好きだ、だけで何十年も続けるのは、難しいかも
しれません。精神的にも肉体的にも限界を感じて、もう止めよう_ と
何度も思いながら、稽古日がくると、いそいそと出かけてしまう...
 これでなくては、なかなか続かぬように思います。

 そして、その稽古場が特別な場所だったのです。
 そこへ行くととても気分が良くて、身の引き締まる想いがして、
その日一日のいやなことをすっかり忘れてしまう_ といったような
場所なのです。

春田鉄次郎邸
   (写真は本文とは関係ありません)

 例えばこんなことがよくありました。
稽古場へ行こうとして家を出る時、ちょいと面白くない事があったり、
途中の道で追い抜いて行った乱暴な車に腹を立てたり...
そうして、心穏やかならぬまま一歩稽古場に足を踏み入れた瞬間、
「おっと、何てつまらぬことにこだわっていたのだろう...」と、
自分を恥じる気持ちになるのです。

 言うなれば、稽古場に張り巡らされた結界を超えると、目に見えぬ
ある種の力に支配されるような、もしくは、ある種の力が己の中から
湧きあがってくるような、そういった不思議な雰囲気を感じたのです。
(まあ、多少オーバーではありますが)

 この稽古場がこのような力を持っている一番の原因は、稽古場の
トップ(つまり師匠にあたる人)の人間性によるものに違いないと、
小生は考えています。 (つづく)

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