腹黒茶人_4(作法の副作用)

  セントレア呈茶
   (写真は本文とは関係ありません)

 一般の人を対象にした、ボランティアの呈茶の場において、
自分の知っているものと違う作法で出された抹茶を、衆人環視の
中で、受け取り拒否した(腹黒茶人の)お話の続きです。

 このヴェテランは自分の信念に従って、道に外れた行動を否定した
とか、このまま黙っていては、茶を点てた本人のためにも、さらには
茶道界のためにもならぬと考えて、敢えて物申した_ のでしょうか。

 小生には、とてもそうとは見受けられませんでした。
単に、自分の考えと違うものを排除する、もしくは、自分の意見が
正しいことを相手に知らしめたい。 つまり、「私はよく知っているが、
あなたのやっていることは間違っているのだよ。」と言いたい_ 
にすぎないのではないかと思うのです。
(ましてや、正式な茶会ではなく、超略式な呈茶の場なのです)

 少なくともこのヴェテランには、受け取りを拒否された相手や、
周りでこれを見ていた人達の気持ちを考えてみるという視点が、
見事に欠落しているように思えます。 

  いや、それとも _  ひょっとすると、
他人がこれを見て、きっと自分を尊敬するに違いないと思って
やっているのかもしれませんが...。   

古川美術館呈茶

 以前カミさんが、ある壮年男性のグループに呈茶をしたことが
ありました。 このグループはお茶の世界とは無縁であり、彼らの
ほとんどが、茶道の作法を知らなかったようですが、
「お~、これはうまいな」
などと言いながら、作法には全く捉われず、自分流に自然に抹茶を
飲む様子が大変清々しく、呈茶をする方もとても気持ちがよかった
といいます。 

 少なくとも、お茶を飲む作法に限った話で言えば、この、作法を
知らず自分流に抹茶をのむ壮年と、先の、作法を重んじ、茶碗の
受け取りを拒否するヴェテランとを見比べてみると、 これでは
作法など覚えない方がよかった_ ということになってしまうのでは
ないだろうか。 (つづく)

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