茶道の懐_14(浸食される常識)

 茶道関連の道具なら、高くて当たり前。 などと、いつの間にか
考えている自分にびっくり_ という話の続きです。

棚

 この感覚のずれこそが、小生が最も恐れているところの、茶道の
魔力による健全なる常識への浸食なのではないか...

 カミさんが、「これ、すごく安かったので買った」というので、値段を
きいてみると、普通の常識では考えられぬような価格だったという
ようなことがよくあり、茶道具は高いのが当たり前_ という風潮を
苦々しく思っていた自分が、何とすっかりそちら側の感覚になって
いたことに、空恐ろしささえ感じた小生でした。

 茶道の道具にこだわる気持ちが全然解らないわけではありません。
永年憧れていた、高価な茶碗をついに手に入れ、喜びに震えながら
一服飲む... などという光景は、茶道ならずともよくありそうで、
それはそれで結構な楽しみであろうと思います。

 しかし_  茶道具は高くてあたりまえであり、それを知らないのは
茶道の知識が無いからである。 とか、
 良い道具を使わなくては(というより持っていなくては)、茶人として
一人前とは言えぬというような理論になると、小生はどうしても仲間に
入っていけません。

 では、3000円の茶碗を高いと感じる常識を持っているところの、
「清く正しい生活」の姉は、その常識を変えぬ限り、決して一人前の
茶人にはなれないのか?   (なりたいとは思わぬでしょうが)

 利休や宗旦(現代の千家茶道の源流とも言える人達)が追い求めた
侘び茶の思想(高価な道具を尊ぶ風潮に対し、精神性を重んじ簡素な
道具を使った茶の湯)と、かけ離れたように見える、現在の茶道界には
まだまだ小生などが伺い知ることのできぬ不思議な要素が満ちている
ようです。

茶碗6

 ... 話が大分それてしまいましたが、

 とにもかくにもこんな具合にして、小生は小生なりに、陶磁器と
関わっており、焼物に関して何も知識が無かった時に比べて、確かに
楽しみの増えた生活を送っているのです。   (つづく)

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