茶道の懐_2(カレーを食えぬインド人)

 茶事に出席するために、いろいろと勉強していた時、いつも
心の片隅に、ある想念が浮かび上がってくるのを感じていました。
 例えば、
 毛筆の練習をしている時。    書道

 箸の持ち方を矯正している時。 箸

 正座に苦労をしている時...。 正座

 何故、自分はこれらのことを今まで出来ずに過ごしてきたのだろう。
出来ないのは仕方ないとしても、何故、出来ないことを何ら問題にして
こなかったのだろう。

 つまり、毛筆を使って手紙を書く。 正しい箸の上げ下ろしで食事を
する。 正座をして正しくお辞儀をする。 謙譲語を使って挨拶をする。
 どれをとっても、日本の文化の代表的なもの_というより、本来、
日常生活で無意識に使っていてもおかしくないような事柄でありながら
小生が今までほとんど無縁に過ごして来たものばかりです。 

 これが、単に小生が出来ないだけなら、それだけの話であり、
「君はこちらの方面はとんと弱いんだねぇ」「実は、そうなんです」 で
特に問題はないでしょう。  しかし、周りを見回してみると、決して
小生が特別とは思えぬところが、この話がそんなに単純ではなく、
何やらもやもやしたものを_ 小生が感じる所以なのです。

 我々が、リズム感が悪くてダンスが踊れぬ黒人とか、サッカーの
下手なブラジル人を見知ったら驚くように、ワインを飲んだことのない
フランス人やパスタが嫌いなイタリア人を想像できぬように、釈迦や
ガンジーについて何も知らず、香辛料は苦手でカレーなど一度も
食ったことがないインド人はまさかおるまいと思うように。 

学甫堂2

 書道ができぬ、掛け軸の字が読めぬ、箸が使えぬ、正座のできぬ、
禅に縁のない、正しくお辞儀のできぬ、着物を着たことがない、
塗り物や焼き物の知識のない、まともな日本料理の食べ方も知らぬ、
そしてはっきり言って日本を代表するような文化について、実際には
ほとんど何も知らない...

 そんな日本人が(そこいらにゴロゴロ)いることを外国人に教えたら、
きっとびっくりして、冗談だと思うのではないだろうか。  (つづく)

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