茶道の懐_1(茶事を終えて)

炉1

 初めての茶事を経験した小生ですが、後から落ち着いて考えてみれば
はたして、料理を味わったか、 抹茶や菓子を味わったか、 雰囲気を
堪能したか、ということになると甚だ疑問で、それよりも、落とさないか、
こぼさないか、とんでもないことをしないか_ と心配ばかりしていた
ような気がします。

 そして、茶会が終ったときの感想は、やれやれ無事に終わった、と
安堵したというのが正直なところです。

 しかも、茶事はほんの半日ですが、それまでにいろいろ勉強したり、
悩んだりしたことを考えますと、素人が茶事に出席することの難しさを
教えられたともいえるでしょう。

 ただ、どんな方面のどんなことでも、ある程度の水準以上の行事を
こなすということは、こういうことであろうとも思いますし、別の見方を
すれば、この手のことは、実際の本番よりも、その準備や計画などに
おいて、人知れぬ苦労をすることこそが、素晴らしい経験であり、
後から思い出して、楽しい思い出となるような気もします。

 逆に、もし何の苦労もせずに茶事に出席し、ああ美味しかった。
ああ楽しかった。 で終れば、ただそれだけのことであり、1年も
経てば、えっと、そんな茶事に出席したっけ? なんてことにも
なりそうです。

 そして、小生は単に出席する側のことしか考えていませんが、
当然のことながら、招待する側、もてなす側はもっと桁違いに
大変なのに違いありません。

 考えてみれば、招待し、準備し、催し、滞りなく終えるという大変さ
から比べれば、招待され、出されたものを食べたり飲んだりするのが、
何がそんなに大変なのだと不思議がられることでしょう。

撞木館1

 こうして、程度の大小はあるものの、招待する側もされる側も、
それぞれの立場でそれなりに苦労し、努力し、とにもかくにも関係者
全員が(茶事というものに形を借りて)一つのことを成し遂げる_。

 この事象だけを考えても、茶事とは大層重みのあるイベントであり、
だからこそ大きな感動が味わえるのではないかと思います。

 小生は今回の茶事を通じて、そういう意味で、茶道というものが
持っている懐の深さに(少しだけ)気付いたような...
そんな気がしたものです。   (つづく)

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